物理にワクワク

最近ニュースでやっている「ニュートリノが光より速く走っているのが見つかった(らしい)」という話は、私の古い古い地層に埋もれていた物理へのあこがれを刺激しました。これでも大昔には相対性理論に夢中に(今までの人生で一番夢中だったと思う)なった時期があったので、この実験結果の意味するところは分かります。そしてしばらく「このままでは因果律がくずれてしまうぞ。くずれないようにするには相対性理論をどう修正したらいいのだろう・・・」とワクワク状態でいたのでした。そんな状態のまま私は、いつも読んでいる勢川ビキさんの4コマブログ「タイムマシンにワクワク?――勢川ビキのx記:4コマブログ」にこんなコメントを書き込みました。

相対性理論は現代物理学の基本ですから、それに反する現象が本当にあるとしたら、理論のどこかが間違っているんですよね。でも、今までそのような現象は見つからなかったのですから、間違いは何かとてつもなく大きな何かを示しているんですよ。せせこましい、ちょこちょこっとした修正が入るのではなくて、何か雄大な眺めが表われるはずなんです。私にはそれが何か想像もつかないけど。

うまく説明出来ませんが、昔、平らだと思っていた地面が実は球体だった、とか、動かないと思っていた地面が、実は高速で自転している、とか、そんな、それまで思いつかなかったような別の雄大な眺めが出てくるかもしれないと・・・・。


ところが、翌日、カリフォルニア工科大学素粒子物理学者、大栗博司さんのブログを読んで、本物の科学者は違う、と思いました。そこにはこう書いてありました。

このような議論を通じて、アインシュタインの相対性論が間違っているのではないかとか、タイムトラベルが可能になるのではないかという話はまったく出てきません。カール・セーガンが言ったように「法外な主張は、法外な証拠を必要とする」ので、「ニュートリノが光より速い」という主張に接したときに 科学者は、まず誤差の評価や解析がどのように行われたかを理解しようとします。

KEKの野尻美保子さんもブログに書いていらっしゃいますが、今回の実験結果についての「法外な主張」に注目した日本の新聞やテレビの取り上げかたは、研究の現状からあまりにかけ離れているので、科学報道としては残念だと思いました。


光よりも速く――大栗博司のブログ

なるほど、プロは違う。まずは実験の誤差の要因を洗い出すのです。冷静なものです。それで私のこの件に関するワクワク感は一時保留になったのですが、大栗さん(大栗博士と書くべきか・・・)のこのブログの記事には別の意味で私をワクワクさせるものがあります。それは、大栗さんと部門長の方の会話です。

素粒子論研究室の改装工事も終盤になりました。木曜日には工事の騒音を避けて、物理学・数学・天文学部門の事務室のならびにある副部門長の居室で、こっそり研究をしていました。


部門長が現れて、「ニュートリノが光より速いって聞いたかい。」と言います。


持っているのはニューヨーク・タイムズ紙の記事。速報論文や研究所のプレスリリースでないところが普通ではありません。


CERNからグランサッソに打ったニュートリノが60ナノ秒早く着いたって言うんだ。」
「誤差はどのくらいですか。」
「10ナノ秒と書いてある。」
「距離にして3メートルか。GPSを使えば可能ですね。」


後で聞いた話では、他にも誤差の因子があるので、距離については20センチメートル程度の精度が必要だそうです。


超新星1987Aまでの距離ってどのくらいでしょうか。」


1987年に観測された超新星Aからのニュートリノは、可視光が地球に届く約3時間前に、カミオカンデなどで観測されています。超新星爆発の理論によると、ニュートリノは可視光の数時間前に発せられることになっているので、光とニュートリノの速さがほぼ同じだとしても矛盾はありません。この観測に対して小柴昌俊さんがノーベル賞を受賞されたことはよく知られています。

「大マゼラン星雲にあるから、16万光年ぐらいだな。」

部門長は天体物理学者です。

CERNからグランサッソまで700キロメートルとすると、これだけ走って18メートル(=光速×60ナノ秒)の差がついたということは、16万光年走ると4年ぐらい差がつきますね。」

この実験結果の話を聞いてすぐに

超新星1987Aまでの距離ってどのくらいでしょうか。」

という質問が出てくるところにワクワクします。何というか、子供の頃の私があこがれていた「科学者」の雰囲気です。これは、同じ実験を宇宙スケールに拡大すれば、光とニュートリノの到着時間の差がはっきりする。ならば、天然の現象でこの実験と相似するものはないか、という発想だと思います。

「大マゼラン星雲にあるから、16万光年ぐらいだな。」

部門長は天体物理学者です。

ここもいいなあ。

CERNからグランサッソまで700キロメートルとすると、これだけ走って18メートル(=光速×60ナノ秒)の差がついたということは、16万光年走ると4年ぐらい差がつきますね。」

こういうふうにサササッと計算するところもワクワクです。今まで知らず知らずのうちに埋もれてしまったが、私は物理が好きだったんだなあ、と自覚しました。

  • ちょっとした自慢だけど・・・・
    • 中学生の時、家にあった百科辞典で「素粒子」の項目を何回も読んでいて(その頃はまだクォークなんて確定した学説にはなっていなかった)素粒子の崩壊図式(たとえば\mu^-\rightar{e^-}+\nu+\bar{\nu})を見ていて、実はニュートリノ\nuには\nu_e\nu_{\mu}の二種類があるに違いない、と推測したことがあります。