金毘羅

で、金毘羅である。金毘羅に呼ばれて山に来たところ雨になったので、ホテルで笙野頼子の金毘羅を読み始める。

私にとっては何回か挑戦しているがなかなか読みきれない本である。しかし、自分が作者の地元にいま住んでいる、という地の利を生かしてなんとか読み切ってみたい。
これは私小説なのだろうけれど、自分が金毘羅であることをある日自覚して、そのことから自分の半生を見直すという、ある意味とてつもないお話である。私小説なので、そしてこの作者は伊勢で育ったので、当然、伊勢が舞台になっており、その点で読んでいて、ああ、あれは・・・、と思い当たることがある。しかし内容は不穏である。

いきなり出てきた上にさっきからそのまま平然と説明なしでずっと言っているけど、そうです、私は金毘羅です。
 あんまりじゃないかという読者の方、また中にはオレ絶対そうだと思ったね金毘羅は航海の神だし御山様は象頭山(ぞずさん)に似てるようだし、題名だってほーら金毘羅だし、という方も少しはいるでしょう。でも「ほーら」の方の方、あなた後付けですね、ちょっと狡いですよ。だって主人公が金毘羅だなんて小説はまずないですから。
(中略)とはいえ私は象頭山の正式な金毘羅とはちょっと違う。野生の金毘羅です。(中略)
 金毘羅というこの名を覚えてください。信じてください。そのうちに金毘羅の正体が知れてきます。なんと言ったってこれは金毘羅の関係者による金毘羅一代記なのですから。それも本邦初、関係者、スポークスマンが書くのだから間違いありません。
 とはいえ私だって、四十過ぎていきなり自分が金毘羅だったと判り驚愕しているのです。だってつい最近まで自分は人間だと思っていてそのために悩んでいたのですから。まあやっと自分が金毘羅だと判って一気に楽になり今は笑ってばっかりいますけどね。でもそれじゃ人間としてちょっと危ないのかなー。



笙野頼子「金毘羅」より