ウィーナーの「サイバネティックス」という本の内容

以前、ウィーナーの「サイバネティックス

については「序章」から読み進むという方法で要約しようと試みたことがあります。しかし、「第4章 フィードバックと振動」のところで止まってしまいました。私は、この章の内容が、つまりは古典的な制御理論のことですが、この本が書かれた当時どこまですでに明らかになっていて、ウィーナーのオリジナルな部分がどこなのか、がよく分からなかったのが、私が躊躇した理由です。おそらく、この章の内容は当時すでに他の人々によって明らかにされていたものが大部分なのではないか、というのが今の私の意見です。そしてウィーナーのオリジナリティは、制御工学を生理学に応用出来る見通しを提示した、というところにあるのではないか、と思っています。


こんなわけで、上記の試みは今のところ中断していますが、もう少し大雑把に、この本の内容をまとめることは出来ないか、と思ってこの文章を書きます。


30年ほど「サイバネティックス」という本と付き合ってきましたが、この本の内容を表すのに最適なのは、結局のところウィーナーがこの本の副題にしている

  • 動物と機械における通信と制御

だと思います。ただし、「制御」という言葉には入りきらない論理計算的な内容もこの本は扱っているので

  • 動物と機械における情報の伝達と処理

という言葉がこの本の内容を表していると考えます。つまり、情報の伝達と処理という観点からみた時の動物と機械の類似性を示したものです(厳密には動物だけでなく植物も含まれますが、機械との比較の対象としては動物のほうがより鮮明な比較をもたらすでしょう)。


では、各章の概要の記述を試みてみます。

  • 序章
    • 序章といいながら長いです。ここでは、ウィーナーがこの本で表すような内容を研究するに至った経緯が書かれています。
  • 第1章 ニュートンの時間とベルグソンの時間
    • ニュートンの時間というのは可逆的な時間を、ベルグソンの時間というのは非可逆的な時間を、表します。ニュートン力学では時間の向きを反対にしても同じ法則が成り立つのになぜ現実には時間の流れは一方向なのか、という議論が第1の主題です。この主題とからめて機械と生物が対比され、現代の機械は外部からの情報を受け、それを処理し、その結果に基づいて外部に働きかけることが出来る、という点で生物に近くなってきている、という第2の主題が議論されます。この「外部からの情報を受け、それを処理し、その結果に基づいて外部に働きかける」もの、という概念がサイバネティックスの基礎概念になっています。
  • 第2章 群と統計力学
    • 統計力学の基礎をなしているエルゴード理論を概説しています。そしてエルゴード理論で重要な役割を果たす保測変換群を議論しています。次にエントロピー増大の法則の検討に移り、マクスウェルの魔が生物の内部で起こっていることを近似していると論じます。
  • 第3章 時系列、情報および通信
    • ここでは数式がいっぱい出ます。ウィーナーの主要な業績であるブラウン運動の理論、今では確率過程論の基礎となっているもの、が説明されています。しかし、私には難しすぎてあまり理解出来ていません。あと、重要なことは、別にここの章が理解出来なくても後続の章の理解は出来る、ということです。さて、ウィーナーはブラウン運動の理論を基礎として、確率的に変化する関数の過去のデータから未来を予測する予測理論と、それに密接に関連する、雑音の混じった通信信号から雑音を除去する方法の理論を紹介しています。しかし、この理論が生理学にどのように応用できるのか、この本からは分かりません。この章はこの本の副題である「動物と機械における通信と制御」のうち「通信」を扱ったものと見ることが出来ます。
  • 第4章 フィードバックと振動
    • 「動物と機械における通信と制御」のうち「制御」を扱ったのがこの章です。フィードバック制御の数学的な理論と、その生理学への応用について述べています。理論的には今日では古典制御理論と呼ばれているものです。1948年当初、サイバネティックスという言葉に人々が魅力を感じたのは主にこの点だったと思います。
  • 第5章 計算機と神経系
    • 当時出現しつつあったコンピュータの原理と、その基礎となるのがスイッチング回路であること、その動作が脳の構成要素であるニューロンの動作に類似していることが述べられます。また、コンピュータと数理論理学の関係を述べます。次にコンピュータに学習能力を持たせることの可能性を論じ、そこではフィードバックが重要な役割を果たすとしています。最後に、現代ではもう常識になってしまったが当時では革新的であった「情報は情報であって、物質でもなければエネルギーでもない」という言葉が現れます。
  • 第6章 ゲシュタルトと普遍的概念
    • 今日の言葉でいえば、図形認識とか文字認識とかパターン認識に関する議論です。これらを機械で行うことの可能性と、その技術を発展させることで、失った感覚を機械と残っている感覚で代行することの可能性を論じています。のちに人工義肢やサイボーグの考えにつながっていく章です。
  • 第7章 サイバネティックス精神病理学
    • 脳とコンピュータの類似性は第5章で述べられたが、それをもとにコンピュータについて考えることが精神病理学にも一定の知見を与える可能性について論じています。
  • 第8章 情報、言語および社会
    • 社会を安定に保つ際に情報の果たす役割の重要さを指摘しています。また、フォン・ノイマンゲーム理論を応用して現代資本主義社会の不安定性を指摘しています。最後に、社会科学はサイバネティックスを応用するにはあまり適さない分野であることを論じています。