無限容量のバッファの場合はそれほど難しくない(1)

なかなか工場統計力学の筆が進まないわけ」では

  • 図1

に示すような有限容量のバッファが工程間にある場合の工場の解析が難しい、ということを書きました。どのようにそれが難しいのかを説明するために、

  • 図2

に示すようにバッファが全て無限容量の場合にはどの程度の難しさになり、それが有限容量になったことでどの点が難しくなるのか、を説明します。


では、上の図2の場合の解析をこれから進めます。ただし、この場合でもジョブの到着間隔の分布や装置の処理時間の分布が任意の分布の場合には解析は非常に困難になります。以下、全ての装置の処理時間分布は指数分布であり、ジョブの装置Aへの到着はポアソン到着であると仮定します。そして図2の全体で1つの工場になっていると考えます。この工場のスループットとサイクルタイムの関係を求めるのが、当面の課題です。


まず、工場の状態を

  • 装置Aで処理中または装置Aの前で待っているジョブの数

  • 装置Bで処理中または装置Bの前で待っているジョブの数

の組で表すことにします。工場の状態の記述の例をいくつか示します。

  • 図3


ジョブの到着の間隔は指数分布なので、ある時点からdt後までの間にジョブが装置Aの前に到着する確率は常に一定です。そこでその確率を\lambda{dt}と表すことにします。\lambdaは到着率であり、単位時間あたりの平均到着回数を意味します。よって\lambdaスループットと考えることができます。装置AやBの処理時間は指数分布なので、処理中のジョブが、ある時点からdt後までの間にジョブの処理が完了する確率は常に一定です。(つまり、処理開始からの経過時間に依存しません。これが指数分布の記憶なし特性と呼ばれるものです。)
装置Aでの処理完了の確率を\mu_1dt、装置Bでの処理完了の確率を\mu_2dtで表すことにします。\muは単位時間あたりの平均処理完了回数(ただし、ジョブが処理中である場合に限る)なので、平均処理時間の逆数を意味します。装置Aの平均処理時間をt_{e1}、装置Bの平均処理時間をt_{e2}で表すと

  • \mu_1=\frac{1}{t_{e1}}・・・・(1)
  • \mu_2=\frac{1}{t_{e2}}・・・・(2)

となります。


次に状態遷移の例を考察します。

  • 図4

工場にジョブが1個もない状態は(0,0)と表わされます。現在工場が(0,0)の状態にあり、そのdt後までの間にジョブが装置Aに到着する確率は上で考察したように\lambda{dt}でした。そしてジョブが装置Aに到着すれば、そのジョブは装置Aで処理を開始し、工場の状態は(1,0)になります。
次に(1,0)の状態で、現在からdt後までの間に装置Aが処理完了する確率は\mu_1でした。そしてジョブが装置Aで処理完了になれば、すぐに装置Bに入り処理を開始します。これは工場の状態が(0,1)に遷移したことになります。
次に(0,1)の状態で、現在からdt後までの間に装置Bが処理完了する確率は\mu_2でした。そしてジョブが装置Bで処理完了になれば、そのジョブは工場の外に出ていくので、工場の状態は(0,0)に遷移します。
これらの関係を図示すると上の図4のようになります。


さて、状態(1,0)には図4で示した遷移以外にもまだ遷移があります。たとえば状態(1,0)の時に別のジョブが装置Aに到着するかもしれません。もし、そうなればこれは状態(1,0)から状態(2,0)への遷移です。以下、上と同じように考えていけば、

  • 図5

図5のような遷移を考えることが出来ます。


このように状態(1,0)には、図4で示す遷移も図5で示す遷移もありました。これらをまとめて書いていくと、この工場の状態遷移図は

  • 図6

図6のように無限に広がっていくことが分かります。この図では遷移の矢印のそばに\lambda{dt}とか\mu_1dtとか\mu_2dtとか書くと煩雑になるので、矢印の色で遷移確率を表わしています。つまり赤色の遷移の確率は\lambda{dt}、緑色の遷移の確率は\mu_1dt、青色の遷移の確率は\mu_2dtです。