北畠親房、伊勢に失われたアークを探す(2)

それにしても北畠親房はなぜ「天の瓊矛(ぬほこ)」を伊勢に求めたのでしょうか? それは親房が伊勢神道書の一つである「神名秘書」に注目したからです。

酒殿の神。くだんの神霊は、天の逆太刀・逆矛(さかほこ)・金の鈴の座を云う。これは天照大神が御鎮座の昔、大田命(おおたのみこと)が蔵し納めた霊物である。


山本ひろ子著「中世神話」に引用された「神名秘書」より

そして当時は「天の逆矛」は「天の瓊矛」の別名であるという説がありました。もし、この書物のいうことが正しければ、天地の始めに宇宙に現われた「天の瓊矛」は酒殿というところに隠されている。しかも、こんなことを述べる書物もありました。

 日本国は独股(どくこ)の形をしているので、それを表示するために天の逆矛を下ろした。当社の「酒殿」とは、その逆矛を下ろした聖跡を秘匿するための語である。飲酒の文字を借りて酒殿というのだ。


山本ひろ子著「中世神話」に引用された「鼻帰書(びきしょ)」より

つまり、この酒殿の「サカ」とはサケのことではなくサカホコのサカを示しているというのです。ではこの酒殿とは、いったい何でしょう? 伊勢神宮には内宮と外宮の2つが存在しますが、それぞれが酒殿を持っています。上記の書物が指しているのは内宮のほうの酒殿です。もちろん一般の人はその中を見ることは出来ません。だから、ひょっとしたら・・・・。


・・・・・・・


ところが親房は最終的にはこの説を捨てていまいます。その理由が

神器というものが「天孫*1につき従うもの」であるならば、三種の神器のように伝世される*2はずであるから。したがって、天孫から離れて伊勢の五十鈴川のほとりにあるというのも信じがたい。


山本ひろ子著「中世神話」に引用された「神皇正統記」より

というものです。ここで親房は神器というものを「天孫が伝世するもの」と定義し直しています。そして、ここから伊勢の酒殿にあるとされる「天の逆矛」は「天の瓊矛」ではない、と結論します。それでは「天の瓊矛」はどうなったと親房は考えるのでしょうか?

 つまるところ天の瓊矛は、オノゴロ島である宝山に留まって、天の御柱という不動のシンボルとなったのが正説だろう。


山本ひろ子著「中世神話」に引用された北畠親房の「神皇正統記」より

というのが彼の結論です。つまり天の瓊矛は天の御柱に変容してしまったというのです。その天の御柱がどこにあるかといえば、どこだか分からない神話上の島であるオノゴロ島にあるという、たよりない話です。さて、山本ひろ子さんは、親房の考えの変遷を次のように分析しています。

 しかし親房は、霊物としての天の瓊矛を、コスモロジーの位相から離脱させ、「伝授」をキーワードに政治神話の磁場に吸収していく。その結果、親房にとって天の瓊矛は、伝世されなかったために、神器としても不完全なものに留まった。
 かくして天の瓊矛は、至高の霊物としての王座を、地上の王権のレガリヤ=三種の神器に明け渡した。その交替劇による思想的結実こそ、『神皇正統記』における三種の神器の絶対化と神国観念の宣揚にほかならない。


山本ひろ子著「中世神話」の「終章 伝世されなかった神器」より


しかし、山本さんも本の中で書いているように、これは神話解釈のひとつの行き方に過ぎません。神器とは天孫が伝世するもの、という定義を捨ててしまえば、新たな視界が広がります。創世の秘密を内包した天の瓊矛は今も伊勢神宮内宮の酒殿に隠し納められているのではないか? そしてそれを手に入れた者こそが日本の混乱を治める者になるのでは・・・・?
さあ、「ダ・ヴィンチ・コード」伊勢ヴァージョンへのご招待です。

    • 書き終えて、自分の筆力のなさを感じました。題材はとてもおもしろいと自分では思っているのですが・・・・。どこかに『北畠親房伝奇』とかいう小説はないものかしら。

*1:天皇

*2:時代を通して次々と伝えられる