ブラウン運動――4.ドリフトのあるブラウン運動


前回まで検討してきたブラウン運動は、平均y_0標準偏差a\sqrt{t}ブラウン運動でした。このブラウン運動は時間tが経過しても平均が変化しないブラウン運動です。今回は時間tの経過とともに平均が線形に増えていく(あるいは減っていく)ブラウン運動を検討します。このようなブラウン運動ドリフトのあるブラウン運動と言います。このようなブラウン運動を得るために、座標変換を用いることにします。さて、分かりやすくするために、変換前の座標系を (t,y)、変換後の座標系を (\tau,x)で表し

  • x=y+bt・・・・(29)
  • \tau=t・・・・(30)

と置きます。また、座標系(t,y)で見ると平均が常にゼロで変化しないブラウン運動を考えます。平均の軌跡はy=0で表されます。

  • 図4


これを座標系(\tau,x)で見ると下の図のように

  • 図5

x=b\tauに変換されます。(\tau軸はx=0であるような直線ですから(29)から直線y=-btになることに注意しましょう。) この座標系で見るとブラウン運動の平均は時間の経過とともに等速で移動していく(ドリフトする)ことになります。


では、このブラウン運動が満たす微分方程式を求めていきます。そのために平均が移動しないブラウン運動の式(21)

  • \frac{\partial{p}(y,t)}{\partial{t}}=\frac{a^2}{2}\frac{\partial^2p(y,t)}{\partial{y}^2}・・・・(21)

を変数x\tauで表すことにします。

  • q(x,\tau)=p(y,t)・・・・(31)

とおきます。(29)(30)を念頭におけば

  • \frac{\partial{p}(y,t)}{\partial{t}}=\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{t}}+\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial\tau}\frac{\partial\tau}{\partial{t}}=b\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial{x}}+\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial\tau}・・・・(32)

次に

  • \frac{\partial{p}(y,t)}{\partial{y}}=\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{y}}+\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial\tau}\frac{\partial\tau}{\partial{y}}=\frac{\partial{q}(y,\tau)}{\partial{y}}・・・・(33)

式(33)から

  • \frac{\partial^2p(y,t)}{\partial{y}^2}=\frac{\partial^2q(x,\tau)}{\partial{x}^2}・・・・(34)

(32)と(34)を(21)に代入すれば、

  • b\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial{x}}+\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial\tau}=\frac{a^2}{2}\frac{\partial^2q(x,\tau)}{\partial{x}^2}
  • \frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial\tau}=\frac{a^2}{2}\frac{\partial^2q(x,\tau)}{\partial{x}^2}-b\frac{\partial{q}(x,\tau)}{\partial{x}}

ここで改めて\tautq(x,\tau)p(x,t)に変数名を変えると

  • \frac{\partial{p}(x,t)}{\partial{t}}=\frac{a^2}{2}\frac{\partial^2p(x,t)}{\partial{x}^2}-b\frac{\partial{p}(x,t)}{\partial{x}}・・・・(35)

これが、平均

  • x_0+bt・・・・(36)

標準偏差

  • a\sqrt{t}・・・・(37)

であるようなブラウン運動微分方程式です。ただしx_0t=0の時の平均の位置です。さきほどは話を簡単にするために座標系(t,y)での平均の値をゼロにしましたが、式(21)は平均の値が任意の場合に成り立つのでt=0の時の平均の位置は任意に定めることが出来ます。


さて、bが負であれば、このブラウン運動は平均としてだんだんマイナスのほうに移動していくことになります。ここでx{\ge}0という条件をつけてみます。するとブラウン運動は全体としてはマイナス方向に向かうのですがゼロよりマイナス方向には進めません。するとどのようなことが起こるのでしょうか? 実はこの場合、時間の経過で変化しないp(x,t)が存在します。そのことを微分方程式(35)を用いて明らかにします。まず、p(x,t)は時間の経過で変化しませんから

  • \frac{\partial{p}(x,t)}{\partial{t}}=0

になります。よって(35)は

  • \frac{a^2}{2}\frac{\partial^2p(x,t)}{\partial{x}^2}-b\frac{\partial{p}(x,t)}{\partial{x}}=0

となります。もはやp(x,t)は時間に依存しないのですから、ここからは単にp(x)と記述することにします。そして偏微分記号\partialは全微分記号dに直します。すると

  • \frac{a^2}{2}\frac{d^2p(x)}{dx^2}-b\frac{dp(x)}{dx}=0
  • \frac{a^2}{2}\frac{d^2p(x)}{dx^2}=b\frac{dp(x)}{dx}
  • \frac{a^2}{2b}\frac{d^2p(x)}{dx^2}=\frac{dp(x)}{dx}・・・・(38)

これを積分して

よって

ここで、p(x)がそもそも確率密度であったことと、x{\ge}0であったことを思い出します。すると

  • \Bigint_0^{\infty}p(x)dx=1

でなければなりません。(39)から

  • \Bigint_0^{\infty}\left[A\exp\left(\frac{2b}{a^2}x\right)-C\right]dx=1

まずここで定数項Cが0以外であると左辺の積分+\infty-\inftyになってしまい、1にならないことに気づきます。よってC=0でなければなりません。よって

  • \Bigint_0^{\infty}A\exp\left(\frac{2b}{a^2}x\right)dx=1

さらにbは負であることに気をつければ

  • A\frac{a^2}{2b}=1

よって

  • A=\frac{2b}{a^2}

よって

  • p(x)=\frac{2b}{a^2}\exp\left(\frac{2b}{a^2}x\right)・・・・(40)

を得ることが出来ます。


式(40)は待ち行列理論における拡散近似で重要な役割を果たします。