あらすじ:失われた時を求めて――第1篇 スワン家のほうへ――第1部 コンブレー

せっかくなので、今まで読んで、書いてきた内容をマージしておきます。すると、「失われた時を求めての中の「第1篇 スワン家のほうへ」の中の「第1部 コンブレー」のあらすじが出来ました。


「第1部 コンブレー」の冒頭は次のように始まります。

 長い時にわたって、私は早くから寝たものだ。ときには、ろうそくを消すと、すぐに目がふさがって、「これからぼくは眠るんだ」と自分にいうひまもないことがあった。それでも、三十分ほどすると、もう眠らなくてはならない時間だという考に目がさめるのであった。

何回もここから読み始めるので、もう、ここだけはなじみになりました。一度は先のほうまで読んだことがあるので、改めて読み直してみるとこの冒頭のところに、後の話につながる伏線が随分たくさんあることに気づきました。今までは読んでいても気づかなかったのですが。しかし、話の流れはとても遅いです。そしてあちこちに脱線していきます。
ここの部分の主題は、子供の頃の主人公が母親のおやすみのキスに執着する、その執着の度合いがちょっと異常なのですが、とにかくそれを回想していることが主題なのですが、スワンという人物の描写ももうひとつの主題として入っています。このスワンは実は社交界の花形であるのですが、主人公の一族にはそうは思われていないままこの一族と交際があります。

「いずれ二人のときにまたお嬢さまのことをお話いたしましょう」と彼女*1は小声でスワンにいった。「人の気持がわかると申してよろしいのはママになったものだけですわ。きっとお嬢さまのママも私とおなじ考でいらっしゃるでしょう。」

ここに出てくる「お嬢さま」は、この第1部「コンブレー」のうしろのほうでジルベルトという名前であることが分かり、その時には少年になった主人公の初恋の対象になります。「お嬢さまのママ」も、もっとうしろにならないと名前が登場しないのですがオデットという名で、実は高級娼婦(フランス語で「ココット」と言うそうです)であったのをスワンが恋して結婚したのでした。この結婚を主人公の一族は非難する気持を持っていたので、主人公の一族はスワンの妻と娘には会いたがらなかった、ということもあとのほうで出てきます。


ところで、この幼年期の主人公(この小説では最後まで主人公の名前は明らかにならないのです)がママにおやすみのキスを求める話はかなり長く続きます。それと並行して、登場人物についてのなかなか細に入った描写が続きます。特に主人公の祖父母やその妹たち、老人の描写が愛情をもってなされています。それとは別に、314ページ目(!)から始まる第2部「スワンの恋」への伏線もかなり詳しく書かれています。最初読んだ時には何のことだか全然分からなかったのですが・・・・。この小説は行ったり来たり前後に動きながら読むのがよいようです。ちょうど、ある風景を愛でるのに自分の位置をいろいろ変えて眺めては、それらの印象を自分のなかで再構成するように・・・。

「スワンにはたいへんな気苦労があるのだと思うわ、あの蓮っ葉な女を奥さんにしたものだから。その女がシャルリュスさんとかいう男と、コンブレー中に知られながら、いっしょに暮らしているのですからね。町の語りぐさだわ。」母は指摘した。

この顛末は314ページに到達しないと始まらないのですが、上の文章は57ページ目に登場しています。


もう少し読み進むと、今までの主人公の幼年期の回想は、実はこの小説の主題ではなく、それよりはるかに強力で価値の高い「想起」がこの小説の主題であることが明らかになります。それが有名な「プチット・マドレーヌ(という菓子)を食べた時に現れた回想」でした。

人々が死に、さまざまな物が崩壊したあとに、存続するものが何もなくても、ただ匂と味だけは、かよわくはあるが、もっと根強く、もっと形なく、もっと消えずに、もっと忠実に、魂のように、ずっと長いあいだ残っていて、他のすべてのものの廃墟の上に、思いうかべ、待ちうけ、希望し、匂と味のほとんど感知されないほどのわずかなしずくの上に、たわむことなくささえるのだ、回想の巨大な建築を。
 そして私が、ぼだい樹花を煎じたものにひたして叔母が出してくれたマドレーヌのかけらの味覚だと気づいたとたんに、たちまち、表通に面していてそこに叔母の部屋があった灰色の古い家が、芝居の舞台装置のようにあらわれて、それの背後に、庭に面して、私の両親のために建てられていた、小さな別棟につながった、そしてこの母屋とともに、朝から晩にいたるあらゆる天候のもとにおける町が、昼食までに私がよく送りだされた広場が、私がお使にいった通が、天気のいいときにみんなで足をのばした道筋が、あらわれた。・・・・形態をそなえ堅牢性をもつそうしたすべてが・・・私の一杯の紅茶から出てきたのである。

これは早々ときたひとつのクレシェントですね。こうしてこれからもっと詳細に主人公の少年時代の、コンブレーという土地での体験の回想がほとばしり出るのでした。それは今までの幼年期よりはもう少し年がたった、少年時代のようです。


その少年時代には主人公はパリに住んでいたのでした。復活祭の少し前から一家でコンブレーの叔母(レオニー叔母)の家に休暇(?)を過ごしにきたようです。ここはもっと幼い時に主人公が住んでいた家でもあるようです。このレオニー叔母とそれに仕える女中のフランソワーズの描写が延々と続き、次にはコンブレーの教会の描写が延々と続きます。
 さて、年老いてしかも暇を持て余しているレオニー叔母と、無学であるがしっかり者で忠実であるフランソワーズの会話はなかなかよく出来ています。下の文の中で「オクターヴの奥様」とフランソワーズが呼んでいるのはレオニー叔母のことです。

「何か目まいでもするのですか?」
「いいえ、そうではないの、フランソワーズ」と叔母はいうのだ、「ほんとうのことをいえばそうね、だってあれでしょう、このごろは目まいがしないときはめったにないのだもの、私もいずれルソーの奥さんのように、正気にかえらないままであちらへ行ってしまうわ、でもね、いま呼鈴を鳴らしたのはそれではないの。何かと思うでしょう? グーピの奥さんが私のまるで知らない娘さんといっしょなのをこの目ではっきり見たのよ。だからね、カミュの店に行ってお塩を二スーばかりもらっていらっしゃい。テオドールにきけば、誰なのか、いってくれないことはめったにないのだからね。」
「それなら、ピュバンさんのところのお嬢さんでしょう!」とフランソワーズはいうのだった、彼女は朝からもう二度もカミュの店に行ったので、即答の説明で切り上げたかった。
「ピュバンさんのところのお嬢さん! まあ! そうかしら、フランソワーズ、それならどうして私にわからなかったのかしらね?」
「だって、上のお嬢さんのことではないのですよ、オクターヴの奥様、ジューイの寄宿学校にはいっている下のお嬢さんのことですよ。そのかたなら私もけさ見かけたように思いますけれど。」
「そう! それしかないわね」と叔母はいうのであった。「きっと復活祭のお休みで帰ってきたのね。それだわ!・・・・」

こんな会話が続きます。


その次にはもっと前の時期の回想の中にアドルフ叔父というのが登場します。これが遊び人で、高級娼婦のオデットと仲がよいらしい様子です。でも、オデットはこの頃にはすでにスワンと結婚していたのではなかったんではだろうか、と疑問に思えます。

少年時代の主人公は読書に夢中になります。そして、ベルゴットという(架空の)小説家に特に夢中になります。それにからんでベルゴットの名を主人公に教えた学校の上級生のブロックというのが登場します。ブロックは変な(無作法な)少年です。それからベルゴットが女優のラ・ベルマを賞賛していることを知ると、ラ・ベルマを実際に見るより前にラ・ベルマのことを好きになります。読書に夢中になっているところでの(これらはもちろん、主人公の長い長い回想の一部なのですが)以下の考察は、少年時代に行った考察ではなくて、きっと今の(おそらく40代の)主人公の考察なのでしょう。私には難解です。

 ある本を読んでいるとき、その本に描かれている地方を訪ねることを両親がゆるしてくれたら、私は真実をかちとることに向かって貴重な一歩をふみだすように思ったであろう。なぜなら、人は、自分の精神にいつでもとりかこまれている、という感じをもっているにしても、それは動かない牢獄にとじこめられているのとはわけがちがうのであって、むしろ自分のまわりに、外界のこだまではなくて内心の顫動のひびきのほかならないつねに同一の音響をたえず耳にしながら、一種の失望感を抱いて、精神のかこいを乗りこえ、外部にのがれようとする、そんな不断の飛躍のなかに、人はいわばその精神ごとはこばれてゆくのであるから。

「なぜなら・・・」以降の文章は分かったようで分からないです。


レオニー叔母を尋ねてきたコンブレーの教会の司祭のたいくつなおしゃべり。それから、土曜日はいつもより昼食の時間が1時間早くなるというレオニー叔母の持つ慣習と、それをいろいろに取り沙汰する家族の人々の描写。教会で出会ったヴァントイユ氏とその娘のこと。ヴァントイユ氏はコンブレーに引きこもった作曲家でした。それから主人公の父親が主導する家族での散歩の話が出てきます。方向感覚のない主人公の母親に、自分の方向感覚を誇示することが父親の隠れた目的だったようです。父の方向感覚を母のほうは素直に感嘆します。日常の一齣です。


もう少し読み進むと、今までの登場人物の裏面が少し見えます。忠実なお手伝いのフランソワーズは自分より目下の者には冷淡であることが叙述されます。また、貴族社会に対して毒舌を吐くルグランダン氏は、実は貴族と会話することにあこがれていて、ある城館の女主人と並んで歩いているのを、主人公の家族に目撃されます。しかも、その時ルグランダン氏はその時、主人公の家族たちに対して、知らないふりをしました。つまりは、ブルジョワ階級の友達がいることをその女主人に知られたくなかったのです。それらは主人公に割り切れない思いを抱かせたようです。ルグランダン氏のスノビズムの描写があります。


コンブレーでの散歩道が「ゲルマントのほうへ」と「スワン家のほうへ」の2つがあることが述べられ、そのうちの「スワン家のほう」への散歩道の描写が始まります。
ところでこれは、第1篇「スワン家のほうへ」のタイトルの意味につながっています。ここには、スワンは裕福なユダヤ人(よそ者)であり、ゲルマント家は8世紀から続く貴族の一族(土着の支配者)という対照があります。


さて、家族が「スワン家のほう」へ散歩に出かける場合、彼らはスワンの妻と娘に会うのを避けてスワン家の近くには寄らないようにしています。しかしある日、スワンもその家族もいないという情報を得ていて、スワン家のほうへ行ったところ、偶然、スワンの妻オデットと、その愛人らしいシャルリュス(貴族ゲルマント家の一員)とスワンとオデットの娘ジルベルトに出会います。主人公はこの時ジルベルトに恋心を覚えます。

突然私は立ちどまった、もう動けなかった、あたかも視像が、ただわれわれのまなざしに呼びかけるばかりでなく、もっと深い知覚を要求し、われわれの全存在を手中におさめてしまうときのように。赤茶けたブロンドの女の子*2が一人散歩がえりのような格好で、園芸用のシャベルを手にし、ばら色のそばかすがちらばった顔をあげて、私たちを見つめているのであった。

主人公の気持ちとは対照的に、主人公の祖父は夫(スワン)のいない間に愛人シャルリュスと会っているオデットに憤慨します。

祖父が、「あのかわいそうなスワンに、連中はなんてひどい役を演じさせているのだろう、あの女はひとりで自分のシャルリュスと家に残るために、スワンをそとに追いやっているのだ、だってあれは私に見おぼえがあるあの男だからね! それにあの小さな娘までが、あんな恥さらし巻きこまれてしまって!」とつぶやいていたそのあいだ・・・・


ベッドから離れられなかったレオニー叔母はとうとう死んでしまいます。

叔母が病気の最期をむかえた二週間のあいだ、フランソワーズは片時もそばを離れず、着がえもせず、誰にもどんな世話もさせず、埋葬されたときにしか叔母のからだから離れなかったのであった。そのとき、私たちは理解したのだ、――フランソワーズが叔母の邪慳な言葉や疑惑や憤怒にびくびくしながら暮らしたあいだのあのような気遣から、彼女のなかに一つの感情が根を張ったのであり、それを私たちは憎悪だと解釈したが、じつは尊敬と愛情であった、ということを。

それから隠棲した作曲家ヴァントゥイユもまた、それほどの年でもないのに、死んでしまいます。原因は彼のまだ若いひとり娘の行状を気に病んでのようです。彼の一人娘は評判の悪い若い女と同棲していたのでした。二人の妖しい関係を主人公はたまたま見てしまいます。そして二人が、死んだヴァントゥイユの写真につばをかけて冒涜する場面も。これに関連して、ヴァントゥイユ嬢の悪徳についての主人公の考察が記述されていますが、私には難解です。


次に「スワン家のほう」とは反対の「ゲルマント家のほう」への家族での散歩の記述が続きます。私が以前「補足1:細かい描写」で引用した叙述が登場します。それからまだ見ぬ高貴な女人、ゲルマント夫人への主人公のあこがれの気持ちの説明があります。まだ少年でしかない主人公には、この地方の領主の家系であり、伝説の主人公の末裔であるゲルマント家の人々は、神話上の人物のように想像していたのでした。しかし、そのあこがれは、たまたま当のゲルマント夫人の姿を教会で見た時に失望に変わります。それはしかし、奇妙なことに、また短時間のうちにふたたび崇拝へと変わっていくのです。それは現実から受けた印象を主人公が丁寧に修正して、自分の元々の空想と整合させる過程です。


次に、マンタンヴィルの鐘塔を見た時の感動を主人公が短文に定着させた、主人公の最初の文学的活動が登場します。
この300ページ以上に渡るさんざん長い叙述は、ある場所(おそらくホテル)で夜、眠られなかった主人公の回想なのでした。

 そのようにして、私はしばしば朝までじっと考えこむのであった、コンブレー時代のことを、眠られなかった私の悲しい夜のことを、またずっと現在に近くなって一杯の紅茶の味から・・・私に映像がよみがえったあの多くの日々のことを・・・・。

そしてこの「第1部 コンブレー」の最後の箇所で叙述は現在に、主人公が泊まっている部屋に、戻ります。

*1:主人公の母親

*2:ジルベルト