オランダ王室は今もこれからもオランニエ・ナッサウ家か?

まあ、これもどうでもいい話なんですが・・・・。酒の肴の話ぐらいにはなるかと思いまして・・・・。
現オランダ女王であるベアトリクス女王が自ら退位を宣言し、この4月末で退位し、新オランダ王ウィレム=アレクサンダーが即位することになりました。日本の皇太子殿下が雅子妃同伴で即位式に出席するかどうか、宮内庁が早く返答せい、と言ったとか言わないとかいう話が先日ニュースに出ていて、オランダ王室のことは心のどこかにひっかかっていました。


そこでWikipediaを見てちょっと驚いたのですが、オランダは現女王を含めて3代も女王が続いたのですね。

この系図を見ると、これは完全に女系の王位継承になっています。このことは、日本でひと頃議論になった女系天皇の是非に関連するかもしれません。


ヨーロッパの王室関係の話は妙に固かったりして、国によっては女王を認めない国もあり(ハプスブルク家オーストリア帝国は本来女王を認めていなかったので、マリア・テレジアが即位する時にはいろいろ障害があり、プロイセンのフリードリヒ2世との間に戦争まで起きました)、あるいは女王を認めても、その子孫から別の家系であると見なしたりすることがあります。


私が後者の例に気づいたのは、昔、もう18年も前のことですが、イギリスに出張していて帰国する時に、イギリス王室について紹介する土産物の簡単な冊子を買った時です。その冊子には歴代のイングランド王の肖像画もしくは写真と、業績の簡単な説明文が書かれていたのですが、ヴィクトリア女王の息子のエドワード7世から、王室の名前がハノーバー家からサクス・コバーク・ゴータ家に変わっているのに気づきました。このサクス・コバーク・ゴータ家というのは、ヴィクトリア女王の夫君の家名です。つまりヴィクトリア女王ハノーバー家として認めるが、その息子はその父親の家名を継ぐので王室の家名がここで変わる、という考え方です。大げさに言えばここで王朝交代があったわけですが、何もこの時期にイギリスに政変なり、ましてや王位を巡る内戦があったわけではありません。王位継承は何の障害もなく行われました。この妙に杓子定規な男系優位の考え方が印象に残ったので、ヨーロッパの王室はみなそうなのかと私は思っていました。ところがオランダ王室の系図をみると、イギリス流の定義からすると、これはもう別の家系に王位が移ったという事態です。しかし、オランダ国民は女系でもオランダ王室であるオランニエ・ナッサウ家が存続している、と見なしているようです。


ところでイギリスでチャールズ皇太子が王位を継承した時には王室の家名はどうなるのでしょうか? 先に書くのを忘れていたのですが、現在のイギリスの王室の家名であるウィンザー家は、もともと意味はサクス・コバーク・ゴータ家と同じなのですが、第一次世界大戦の時に、ドイツと戦うことになって、王室名がドイツの家名ではまずかろう、ということでウィンザー家に改名したものです。
さて、イギリスのビクトリア女王と今のエリザベス女王とは状況が相似しているので、チャールズは父方の家名を引き継ぎそうです。だとするとウィンザー家ではない別の家名になるのでしょうか? 父親のエジンバラ侯フィリップは・・・・・といいますと・・・・・実は、ギリシア王室の王孫だったりするのです。ああ、ややこしい。